コラム

「2023年初コラム。大晦日にベネディクト16世が逝去、そしてエマヌエラ・オルランディ失踪事件再捜査へ」

karakimami

 2023年初のコラムになります。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、イタリアでは大晦日朝にラッツィンガー枢機卿=前教皇ベネディクト16世が96歳で亡くなりました。数日前から深刻な状態と報道されていたので、ああやっぱりという感じでした。ラッツィンガー枢機卿は2005年に教皇に選ばれましたが8年後の2013年教皇を辞任しました。一般的に教皇は死ぬまで教皇であり続けるのが伝統というなかで前代未聞の辞任、この一事を持ってベネディクト16世の名は後世に語り継がれるだろと言われています。ヴァチカン内ではラッツィンガー枢機卿は保守派で、そしてヨーロッパ出身の最後の教皇と一部メディアは伝えています。一方で現・フランシスコ教皇はアルゼンチンのブエノスアイレス出身で改革派、イタリアメディア的な言い方では非ヨーロッパ人の教皇になります。因みにフランシスコ教皇の家系はイタリアのピエモンテ州とリグーリア州からの移民(鉄道員だった父親が1928年に職を求めてアルゼンチンに移住した)ですけれど…非ヨーロッパ系の要素は両親の血筋的には皆無ですね、ハイ。それはともかく、フランシスコ教皇は現在86歳という高齢で様々な体調不安が噂され、最近では膝の痛みから移動には車いすが欠かせない状態です。ラッツィンガー枢機卿の死をきっかけに巷では体調不安を理由に辞任されるのではと憶測を呼んでいます。

 1月5日に行われたラッツィンガー枢機卿の葬儀には5万人の信者がサン・ピエトロ広場に参列し、その死を悼みました。そして1月10日、未解決のエマヌエラ・オルランディ失踪事件を40年ぶりに再調査することがヴァチカン裁判所で決まりました。フランシスコ教皇肝いり案件で、透明性を重視し真実を追求するのだとか。これは古い事件なのでここで簡単に説明しましょう。

「ヴァチカン市国民エマヌエラ・オルランディ15歳(エマヌエラの父はヴァチカンの事務員、当時同国内に両親とエマヌエラを含めて兄弟4人で暮らしていた)が1983年6月22日音楽のレッスンから帰宅途中失踪。イタリア及びヴァチカン史上最も有名な未解決事件の一つである。ヴァチカン市国、イタリア、宗教事業協会、アンブロシアーノ銀行、各国の諜報機関、さらにローマを根城にする犯罪組織・マリアーナ団と複数のテロ組織が複雑に絡み合っていたことが未解決の原因と言われている。同時期に起きた未成年者失踪事件(1983年5月7日ミレッラ・グレゴーリが行方不明、現在まで未解決)とも関係がある。

 事件の概要は…

 1983年6月22日、エマヌエラは午後4時に家を出て音楽のレッスンに行くためにサンタポリッナーレ広場に向かった。フルートのレッスンは5時から6時、コーラスのレッスンは6時から7時だった。エマヌエラは授業が終わる10分前に部屋を出て、電話ボックスから姉フェデリーカに電話をして「オートクチュールブランド、ソレッレ・フォンターナのアトリエで数日後に開催されるファッションショーで化粧品会社エイボン・プロダクツのチラシ配りの仕事を37万5千リラ(193€)で見知らぬ男からオファーされた」と話した。姉は仕事の話はすぐ決めないで、家に帰って母と話すように助言した。捜査によるとフルートのレッスンに行く前にエイボン・プロダクツの人間と会ったと思われる。姉への電話の後、エマヌエラはコーラスの授業の友達2人、ラッファエッラ・モンツィとマリア・グラツィア・カシーニが教室から出てくるのを待ってリナッシメント通りのバス停まで一緒に行った。友人の一人は「エマヌエラは例の仕事の件を仄めかしていました。気を付けていましたね。まずは親から許可を貰って危ない事にならないように気を付けると言ってたわ」と証言している。7時半ごろマリア・グラツィアが乗るバスが、次にラッファエッラが乗るバスが来た。ラッファエッラの証言によるとバスが混み過ぎていたので「次のに乗るから」と言ってエマヌエラは乗車しなかった。その後エマヌエラは消息を絶った。

 別の解釈によるとエマヌエラは姉への電話の後、仕事をオファーした男に最初に両親の許可を取ると言うために男を待つからバスに乗らないとラッファエッラに打ち明けた。ラッファエッラはエマヌエラとバス停まで来て19時半に分かれたと証言している。またバスの小窓からエマヌエラが巻き毛の女と話をする様子を見たとも述べている。巻き毛の女については特定されていないが、音楽学校の別の生徒の可能性が高い。」

(イタリア版Wikiより)

 ヴァチカンは伝統的に非常に秘密主義ですが、近年は内部告発(Vatileaksヴァティリークスと言う)や枢機卿絡みの小口献金横領事件や小児性愛事件が大きく報道され、またフランシスコ教皇の改革路線と相まって秘密のベールが少し薄くなってきているのかもしれません。

 さらに40年間エマヌエラを探し続けているオルランディ家の弁護士は「なぜ今再調査を決めたのか。ベネディクト16世の葬儀が数日前にあったばかりのこのタイミングは偶然ではない。ゲオルグ・ゲンスヴァイン大司教(聖省長官)の本が二日後に出版されることと関係あるのではないか?」とコメントを出しました。余談ですがゲンスヴァイン大司教の本(回顧録)「Nient’altro che la verità(ただ真実のみ)」では40年間存在しないとされていた“エマヌエラのファイル”について言及しているようです。エマヌエラの兄ピエトロは「ベネディクト16世の葬儀の日にゲオルグ・ゲンスヴァインが公式にエマヌエラの件について話したことは衝撃でした。そして妹の事件の関係書類は存在します。ゲンスヴァインは我家の弁護士に話した時、現在国務省が保管しているエマヌエラ・ファイルの存在を繰り返していたことは分かっています」また「2011年、私はゲンスヴァインと会いました。彼は私にエマヌエラのファイルを作成しパオロ・ガブリエレに渡すことをドメニコ・ジャーニ憲兵隊隊長と話すと言いました。母の家の上階に住んでいたので私はガブリエレを良く知っていました(パオロ・ガブリエレは前述のヴァティリークスで“カラス”の名で言及されている)。ガブリエレは“ゲオルグの机の上にファイルがあったがコピーできなかったことについて申し訳ない”と私に言いました…」とメディアの取材に話しています。

 今回の再調査はフランシスコ教皇が強く望んで実現したと言われています。これから問題のファイルは公開され、事件は解決するのでしょうか?40年間探し続ける家族の為にも一日も早い解決を願ってやみません。

まずはお問い合わせから

お電話かお問い合わせフォームでご連絡ください。
ご来室いただくご都合の良い日時を決定し、お伝えいたします。

tel.050-3647-3688

営業時間 10:00 - 18:00(日曜定休)

【お電話での対応について】
事務員が不在のため授業中また来客時は対応できません。
メールでの問い合わせにしていただけると大変助かります。