個人的なことで恐縮ですが、最近様々な場でマカロニチーズを食すことが多いです。パイナップルまでピザの具にするアメリカ風ピザと同じで、いわゆる米国産なんちゃってイタリア料理の類だと勘違いしていました…が、先日暇つぶしに調べて驚きました。それなりの歴史があったのですね、マカロニチーズさん、ごめんなさい。今まで小馬鹿にしていた贖罪の意味を込めてこのコラムでイタリア語資料から見たマカロニチーズの歴史をかいつまんで書こうと思います。
マカロニ&チーズ(マカロニチーズ)のイタリア語名はMaccheroni al formaggio(チーズで味を付けたマカロニの意味)で、イタリア語Wikiによるとマカロニとチーズをベースにしたイギリス料理です。歴史を見てみると、現在のマカロニチーズに至る前段階としてラテン語で書かれた料理本Liber de coquina(イタリア語名Libro di cucinaだが多様な言語で写本された)に載っているLa pasta al parmiggiano(パルミジャーノで味を付けたパスタ)があったということです。ではLiber de coquinaとは何なのか?もっとも古い中世の料理本の一つで、14世紀に生きた無名のイタリア人が編集したもの。また同世紀の終わりごろ発刊されたForme of Curyのマカロニのレシピにも同じものが記録されているとか。
当時のレシピによると、適当に切った手作り生パスタを溶かしバターとチーズで和えるという料理:
“薄い板状のパスタを用意し、細かく刻む。沸騰水に入れて良く茹でる。チーズをすりおろし、バターと一緒にラザニアを作る時のように上と下にまんべんなくいれて、食卓に出す”
ちょっと話は横道に逸れますが、上記の文を読むと疑問がわきませんか?
えっ、パスタを良く茹でる?パスタって固ゆでが常識でしょ?
そうなのです!パスタ愛好家ならパスタは固めに茹でないと美味しくないのは常識ですよね。パスタをゆでる時は一本芯が残っているくらいの固さで笊に上げる、のが一般的な現代と比べて中世のパスタは現代人から見ると柔らかすぎて美味しくないほど柔らか~く煮たのです。衛生状態が悪く冷蔵庫のない時代、良く火を通すのは不要な病気から身を守るために必要な事でもあったのでしょう。また胡椒に代表されるスパイスが好まれた時代でもありましたが、これも冷蔵庫のない時代で裕福な家でも食べることを余儀なくされた少々傷んだ食材はスパイスを大量に使って風味をごまかす…ことが多々あったと思われます。
閑話休題
Liber de coquinaに載っているレシピはあくまでも現代のマカロニチーズに至る前段階の料理ということで、実際に現在に続くオリジナルレシピというのはWikiによるとElizabeth RaffaldのThe Experienced English Housekeeper(1769年刊行)にあるということです。チェダーチーズを使ったベシャメルソースにマカロニを入れて混ぜ合わせ、パルミジャーノを散らし、ふわっと焼き色が付くまでオーブンで焼くのが彼女のレシピでした。一方1784年のレシピではマカロニは茹でてフライパンに入れる前に水切りをしていなければならないとなっています。フライパンに茹でたマカロニを入れ、小麦粉、生クリーム、クルミ大にこそげ取ったバターで味を付けて5分間焼き、きつね色に焼いたパルミジャーノと胡椒をかけて食す。また有名なビクトリア朝期の料理本Book of Householdには同種のレシピが二つ掲載されていて、その一つにマカロニの茹で加減は固ゆで、と明記されているので、どうやらこの頃にはすでに一般的なパスタの好みは固ゆでになっていたようですね。
この料理がアメリカで広まるのはトーマス・ジェファーソン大統領(1743~1826年)がパリでこの料理のおいしさにびっくりしてモンティチェロの屋敷で再現させようとレシピを保存したのが最初です。また彼はマカロニの形状をスケッチし、製造過程など詳細にメモをとったとか。とても美味しい経験だったのでしょう、このエピソードを読むだけで彼の極上美味体験がいかほどであったのか伺えるというものです。こうして1703年にはパリのアメリカ大使館内にチーズとパスタ製造機を作るように命令されますが、機械はうまく動かず、モンティチェロにチーズとパスタ製造機を輸入しました。1802年晩餐会で“マカロニという名のケーキ”が供されたそうです。あいにく評判は良くなかったようで…
その後マカロニ&チーズの呼称が登場するのは1824年刊行Mary RandolphのThe Virginia Housewifeで、彼女のレシピで使う素材はマカロニ、バター、チーズ、三種の食材を重ねて配置しオーブンで焼くというものでした。料理史研究家Karen Hessによると彼女は19世紀で最も影響力のある料理家だったということです。同種のレシピは様々な料理本に掲載され現在に至るのですが、基本の食材は現在でも変わらずマカロニ、チーズ、バターです、今では庶民の料理の代表格の一つになったということです。
さて、マカロニチーズの不動のレギュラーメンバーであるマカロニの出身地は南イタリア、カンパーニア州です。マカロニ(イタリア語ではmaccherone)の愛称Mackaroneは1041年カーヴァ・デ・ティッレーニに記録があるそうですが、言語学者ジョヴァンニ・アレッシオによると言葉の起源は二つあるとのこと。
① 中世のビザンツ帝国で広まったギリシア語μακαρώνεια makarṓ niaで「葬儀の歌」だった、後にこれが「葬儀の食事」を意味するようになり、儀式で供される「メイン・ディッシュ」の一つになったと思われる。
② ギリシア語μαχαρία macharíaは「大麦のスープ」を意味し、これに接尾辞 -oneが付いたと思われる。
他にも所説様々ですが、カンパーニア州を含む南イタリアは古代ギリシア人が開拓した地で現在でもマグナ・グラエキア(イタリア語Magna Grecia)文化圏と称される地帯です。このようなところでは今でも古代ギリシア語が庶民の言葉に残されていて、そうした観点から見ると食材の名称の起源がギリシア語なのはかなり説得力がありますね。
ところで笑ってしまうのが、伝説「マカロニは中国から帰国したマルコ・ポーロによってもたらされたというもの」で30年代のアメリカで広まったそうですが、真っ赤な嘘です。読者の皆様もこんな与太話を聞いたらきっぱり否定してくださいね。