コラム

文化財の修復と企業~ヴェネツィアからローマまで~

karakimami

 ヴェネツィアでは頭の痛い問題が持ち上がっています。良く知られているように、ヴェネツィアの街の基礎は長い松の杭を縦に一分の隙間なく打ち込むことで湿地帯の軟らかい地盤を強化し、その上に建物を建てて作られています。近年問題となっているのはこの基盤が腐ってもろくなっていることです。本来が湿地帯なので海水の流れをしっかり管理していないと海水が滞留・腐敗するためマラリアなどの疫病が発生しやすくなり、同時に基盤の木材が腐りやすくなります。そのためヴェネツィア共和国の時代には海水の管理は大変重要な役職でした。またヴェネツィアが建国された当時に比べ、現在の海面が60cmほど上昇しているため満潮時に地階部分(日本の1階部分)が海水に晒されやすいとも言われています。現在のヴェネツィアでは地階部分が放棄される、あるいは売られていることが多く(買手は見つかりそうにありませんが)廃屋になりつつある状態にある物件を数多く目にします。

ヴェネツィアは世界でも類を見ない美しい都です。しかし旧市街に住むためには日常的に建物に手を入れなければなりません。そのためには費用がかかります。イタリアでは旧市街の住人が建物を補修する際に補助金[1]が支給されるのですが、それでも煩雑なことを嫌ってヴェネツィアを出て近くのMestreメストレ市に引越す住人が多いのです。実は近年ヴェネツィアの人口は減り続けています。実際2013年初めには5万8,269人いた人口は同年5月の統計では5万7,999人に減少[2]しました。

さて、そんなヴェネツィアに起きているやっかいな問題とは…

ヴェネツィアにクルーズ船が寄航することなのです。スペインやギリシア、様々な地域からやってくるこのクルーズ船には平均して約2,000人の乗客が乗船しています。1日に複数のクルーズ船が寄航するとなると…例えば1日に6隻の豪華客船が寄航すると1万2千人がヴェネツィアを訪れる計算になります。人口が減少し税収もまた減っているヴェネツィアにとって、クルーズ船が運んでくる観光客は大変魅力的です。しかしながらクルーズ船の入港が、長期的に見て脆弱なヴェネツィアの基盤にもたらす影響や、美しいヴェネツィアの風景にクルーズ船は相応しくないとして、多くの市民が反対しデモも行われました。

7月にはサン・マルコ広場近くのセッテ・マルティーリ岸に102,000t、全長272m、高さ62mのクルーズ船が接近し過ぎたため大騒ぎになりました。このクルーズ船を運航するCarnival社は「ニュースは間違っている。違法なことはしていない、船は岸から72mのところを航行した」と声明を出しました。しかし複数の目撃者の証言によると船は岸から20m付近を航行していたようです。港湾監督局は「問題ない」としていますが、環境省は「岸を破壊する恐れがある」としています。またこのようなことは一度ではなく何度もあったという証言もあります。いずれにせよ、このようなことが続けば脆弱なヴェネツィアにとって良いことはないのですが、観光客から得られる収入は無視できないのが現実です。解決策としてヴェネツィア近くの港湾をクルーズ船のために整備する案が検討中されているので、近い将来実行に移されることでしょう。

ヴェネツィア全体の環境問題は以前から指摘されています。周辺に堤防を築いてヴェネツィアに流入する海水量を調節する案、ヴェネツィアを人工的に浮かせて基礎を修復する案など、沈み行くヴェネツィアを救うための方策が何年も前から検討されていますが、まだ結論は出ていません。イタリアの都市は旧市街全体が世界遺産であることが珍しくなく、ヴェネツィアはその際たるものです。

世界遺産=文化財の保存には多額の費用が必要である-日本でも老朽化した橋や高速道路の修復費用をどのように捻出するか検討されていますが、基本的にはそれとイタリアの文化財修復は同じことだと言えましょう。山のようにある文化財の保存と修復…今夏もBolsenaボルセーナ湖(ラツィオ州)の湖底から紀元前9世紀の遺跡(木造家屋の土台)が発見されるなどイタリアの文化財は増える一方です。でも政府の予算は限りがある…

そこで最近の流行は、「企業が修復費用を負担する!」のです。

たとえばイタリア屈指の高級ブランドBrunello Cucinelliブルネロクチネリが130万ユーロ(1億6千9百万円相当)を負担してペルージアのPorta etrusca(

エトルリアの門(ペルージアに残された唯一のエトルリア時代の門。ルネッサンス時代にロッジァが建てられた部分を除いて2050年前の姿を現在に留めている。)の修復が始められました。費用を負担する代償として、修復のために門を覆うカバーにブランドのロゴを入れることとブランドの広告に門のアーチを使用する権利が認められました。

同様にローマのコロッセオもDiego Della Valleディエゴ・デッラ・ヴァッレ(TOD’Sグループの経営者、フィオレンティーナの名誉会長)の費用負担で修復が始まる予定でした。2011年文化財・文化活動省とTOD’Sとの間で2500万ユーロ(32億5000万円相当)を負担する代わりに足場にブランドを表示することと、イタリア国内及び海外においてディエゴ・デッラ・バッレがコロッセオの修復の広告・プロモーションを展開することができる、という契約を交わしたのですが、現在に至るまで修復工事は始まっていません。Codacons(消費者と利用者及び環境を保護する連合会)の「TOD’Sに独占権を与えることは違法である」という請願にCosiglio di Stato della Repubblica Italianaイタリア国家評議会がどのように答えるのか、その答えがまだ出ていないので工事を始められないのです。

しかしこれは一つの教訓になりました。ヴェネツィアのPonte di Rialtoリアルト橋の修復にDieselディーゼルの経営者Renzo Rossoレンツォ・ロッソが550万ユーロ(7億1500万円相当)を拠出する代償に、修復工事後5年間リアルト橋という世界的に超有名なブランドを自由に使用することができるという条件で5月に契約が成立しました。またローマでもBerniniベルニーニのクーポラの修復にヴェネツィアのFondaco財団が30万ユーロ(3900万円相当)出資することになり、Bonduelle Italia社(フランスの食品会社)が単独スポンサーになりました。こうして今ではヨーロッパ中で「ローマの教会の修復」のためのサラダセットが売られています。

ローマからヴェネツィアまで、企業出資の修復事業は広がっています。現在のところ理想的なこの取り組み、ヴェネツィアの街全体の修復事業もこれで何とかならないでしょうか?


[1] 建物の外観を変えたり、看板をかけたりすることは禁止です。建物内部の居住部分は近代設備を快適に整えることができます。
[2] 経済問題のため旧市街のみならずヴェネツィア全体でも人口が減少しています。今年初めの26万9,643人から26万8,974人と約700人減少しました。

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