Accademia Italiana

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唐木 麻美 )

8月15日はFerragosto(聖母被昇天の祝日)

8月15日は、日本では終戦の日で、戦没者のご冥福を祈り、平和への誓いを新たにします。ちなみにイタリアでは第二次世界大戦は1945年4月28日Como(コモ)でBenito Mussolini(ベニート・ムッソリーニ)がPartigiani(パルチザン)によって処刑されたことで日本より一足先に終わりました。

さて、イタリアでは8月15日は三大国民的祝祭日の一つ、Ferragosto(聖母被昇天の祝日)をお祝いする日です。三大祝祭日の残りの二つはNatale(クリスマス)とPasqua(復活祭)です。

Ferragostoとは、聖母マリアが現世での生を終え天に召されたことを記念する日です。

イタリアでは伝統的にこの日は郊外(注1参照)に出てピクニックをする日と定義されています。ピクニック・ランチをたくさん携えて、暑い夏の息抜きに湖、川、海に行き水遊びを楽しみ、日光浴をします。水辺ではなく山や丘に避暑を求めて行く事も多いです。

 

でもFerragostoは奇妙な名称です。聖母マリアに関係している日なのにマリアの名前はありません。ではその起源は本当はどこにあるのでしょうか?

 

Ferragostoはラテン語のferiae Augusti(アウグストゥスの休息)に由来し、紀元前18年古代ローマ帝国皇帝アウグストゥスによって制定された祝日です。当時の8月は祝日が多く、収穫を祝う祭りであるConsualia祭(注2参照)などがありました。アウグストゥスによって制定されたFerragostoは政治的な目的以外に、複数の祝日を一つにまとめる狙いもありました。こうして数週間のつらい農作業を終えた後、人々は一連の祝日の時期を謳歌できるようになったのです。まるで日本のゴールデンウィークのようです。

祭りの間、馬や荷車を引く動物たち、ロバやラバは仕事から解放され、盛装して競争させられました。この古代の伝統の名残は現在でもSiena(シエナ)の祭りPalio dell'Assunta(通称パリオ、毎年8月16日に開催)で見ることができます。

労働者は主人に祝賀を述べ、祝儀をもらいました。この習慣は人々の暮らしに深く根ざし、ルネッサンス時代に教皇の命令によって法律的に義務付けられました。これが今日まで続くFerragostoです。

 

クラウディア先生によると

最近ではFerragostoの日はアグリツーリズム(agriturismo、日本ではグリーン・ツーリズムと呼ばれています)に行くことが好まれるとか。ある記事によれば今年はなんと250,000人が様々なアグリツーリズムに出かけたそうです。

8月15日はイタリア人にとって夏の休暇のなかで最高に盛り上がる日であり、同時に休暇の終わり(夏の終わり)を意味する日でもあります。楽しいお祭りが最高潮に達する=お祭りの終焉のような感じでしょうか。

また、この日は宗教的な行列が数多く行われます。人々は行列の中心に聖母像を据え、旧市街や海岸を練り歩き海へ向かいます。クラウディア先生の故郷はサルデニアです。海から数キロメートルの小さな街ですが、Ferragostoの日は海に面した教会でミサが執り行われます。船の行列の中心に聖母像が据えられ、ミサの最後に花火が打ち上げられるそうです。

 

注1  ここでは郊外としましたが、日本とは少し意味が違います。イタリアでは昔は、集落は防犯のために各所に門がある大きな塀に囲まれていました。現在でもAssisiやSienaなど中・小規模な街の地図を見るとそれが良く分かります。街を囲む塀の門は夜明けに開かれ、日が落ちるころに閉じられました。街中の住宅事情はあまり良くなく、人々にとって太陽の光や新鮮な空気を求めて城外にピクニックに行くことが大きな楽しみだったのです。

 

注2  Consualia(コンスアーリア祭)は穀物と穀物を供給する役割を担う古代ローマの神Consus(イタリア語名Conso)にささげられた祝祭です。年2回、8月21日と12月15日に行われました。

 

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