Accademia Italiana

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唐木 麻美 )

「エイプリルフール、または"4月の魚"、フィレンツェの嘘に感動する」

 4月1日はエイプリルフール、イタリアではpesce d’aprileと言います。“4月の魚”という意味ですね。しかし、なぜ魚…?

 実は起源は良く分かっていません、でも幾つか説はあります。最も古い説の一つは、アクイレイアの聖バートランド(別名beato Bertrand di San Genesio)に関するものです。聖バートランドは1334年から亡くなるまでアクイレイアの総大司教だった人です。1260年にガスコーニュで生まれ、1350年6月6日サン・ジョルジョ・デッラ・リキンヴェルダ(フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州ポルデノーネ県)で死亡、のち1760年教皇クレメンテ8世によって列福された人です。この聖バートランドは喉に魚の骨が刺さって苦しむ教皇から奇跡的に骨を取り除いて教皇を助けました。教皇はこの事に感謝してアクイレイアの住民に「4月1日には魚を食べてはいけない」と命令したということです。“4月の魚”起源説としては何となく説得力が弱い気がしますね…次に行きましょう。

 最も信憑性の高い説によると、エイプリルフールは16世紀のフランスで生まれました。グレゴリオ暦を採用する前の1582年ヨーロッパでは、元旦は3月25日~4月1日にプレゼント用の箱を交換して祝う慣わしでした。教皇グレゴリウス13世の改革によりこの習慣は1月1日に移されました。4月1日にかつての元旦を祝う名残で空箱を交換する伝統が“4月の魚”に繋がると言うのです。なぜならこの不思議な習慣はフランス語で“poisson d’Avril”、すなわちイタリア語の“pesce d’aprile”と言うからです。

 もう一つの説によると:昔、4月初頭が漁の初日で、魚が見つからないことが良くあり、漁師たちは手ぶらで帰港したので、村人たちから大いに笑って馬鹿にされました。

 また、一部の研究者は“4月の魚”起源は遥か昔でプロセルピナ神話(プロセルピナはローマ神話に登場する春の女神=冥府の女王。ギリシア神話のペルセポネーに対応する。)に登場する当時の習慣に関係がある、あるいは4月1日に行われていたヴェネラリア祭(ウェヌス・ウェルティコルディアとフォルトゥーナ・ウィリリスに捧げる祭り)が姿を変えて現在に受け継がれていると考えています。

 さて、謎に包まれた起源は脇に置いて今年のエイプリルフールに一気にタイムワープ!今年も各方面で華麗な嘘の花が開きました。個人的に秀逸だと思うのがフィレンツェ市のそれ。公式インスタに載せられたのは、なんと“神曲の未発表の詩が発見された!”という信じられないようなニュースでした。

 「神曲」といっても日本ではあまり馴染みがないかもしれませんね、少し説明しましょう:Divina commedia(神曲)の本当のタイトルはCommediaあるいはComedia、初版は1321年。フィレンツェ出身のダンテ・アリギエーリ(1265年-1321年)がフィレンツェの俗語で書きましたが、残念ながらオリジナルは残っていません。ヨーロッパ中に印刷が普及する前のことで、原稿は手で書き写されていました。今に残る手稿は同じものが一つとしてありません。神曲に限らず手稿の常として多種多様なヴァージョンができてしまうのです。原因は単なるスペルミスから行全体が異なっているもの、また言葉によっては全く違う意味になってしまうことがあります。話が少し逸れましたけれど、神曲は地獄、煉獄、天国の3部構成で、主人公が想像で3界を旅するという設定です。カトリックの価値観の中で発展した中世の来世観をベースに書かれています。神曲は公表後すぐに大評判となり、トスカーナ方言がイタリア語になる過程に大いに貢献しました。中世の影響を色濃く残しつつも、現実世界を反映した神曲は真に革新的で、またダンテによって生み出された数々の造語も非常に新しいものでした(例えばinsusarsi(起き上がる)inluiarsi(没入する)など)。今でもイタリアの学校では生徒たちの必読書です。

 閑話休題。

 ということで、神曲の未発表の詩を発見!というのは、もし本当だったら世紀のニュースになります。さあ、それではフィレンツェ市がインスタで公開したニュースを読んでみましょう。

『ダンテの没後700年を記念する驚くべき発見!』

 フィレンツェ国立図書館の倉庫で発見された1493年4月1日ヴェネツィアで印刷された初期刊行本(インキュナブラ)は神曲の印刷版としては非常に初期のものであり、中には現在残されている印刷本に見られない興味深い箇所が幾つかあった。今日まで全く知られていなかった三行詩節2つは煉獄の第6曲に属し、ここでダンテは未来について述べている:「ヴィオラの試合で、敗者は苦しみに悶え、侘しい一撃が喉に残る。ビアンコネーロは、信じて前に進むことでゴールを奪い返すことができる事を痛切に学んだ」

                                (訳ここまで)

 “発見された三行詩節”は要するに詩とサッカーが混然一体となった“未来”のことで、言い換えればフィオレンティーナとユヴェントスを痛烈に皮肉ったものです。ビアンコネーロ(白黒)はユヴェントスのことで、彼らの白黒のユニフォームに由来する通称です。個人的に、とてもイタリアらしいユーモア&知的センスにあふれた嘘に感動したエイプリルフールでした。    

 ではまた。

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