Accademia Italiana

本格的に学びたい方のためのイタリア語教室。アカデミア イタリアーナ

RUBRICA イタリアに関する情報とコラムをお知らせします。 時々イタリアでないことも。

唐木 麻美 )

「アメリカに渡ったイタリア人移民 ①」

 今回と次回はアメリカに渡ったイタリアの移民に関することです。記事の大元はアメリカのNYTの記者が書いたものなのですが、とても興味深いです。日本人には関係がないのでイタリア移民については映画ゴッドファーザーぐらいでしか知らないとかアメリカのドラマに出てくるイタリア系マフィアでしか知らない人たちがほとんどでしょう。アメリカでイタリア移民がいかに苦労したか、これを読むとその一端が分かります。

『リンチ、侮蔑、暴力を経て、どのようにイタリア人はアメリカで白人になったのか』

 ニューオーリンズのリンチを皮切りに、“下等民”で“犯罪者”と見なされていたイタリア人が合法的にあらゆる権利を有した白人になった経緯をBrent StaplesがNYTに語る。

 1790年ジョージ・ワシントンが大統領の時代、最初の人口調査が行われ、3つのカテゴリーに分類された:「自由人の白人男女」「白人以外の自由人」「奴隷」その当時特にアフリカ人を意味していた。Brent Staplesの説明では議会の理念は白人のアメリカ(プロテスタントで文化的に同質であること、有名な頭文字WaspはWhite Anglo-Saxon Protestantsが有名)で“アメリカに移住した自由白人”だけがアメリカ市民になることができた。全ヨーロッパからやって来る移民の波が続々とアメリカに到着し混乱を引き起こした。堤防を置く必要があった、たとえアメリカ市民の資格を有する白人の定義が政治的により限定的になっていったとはいえ。

 記事中の記録によると、イタリア国内では以前から「北イタリア人は長い間南イタリア人、特に肌が浅黒いシチリア人はヨーロッパの一部であるのはあまりにもアフリカ人に近すぎて非文明的で下等民族だと見下していた。」こうした理論はアメリカの大地で大きく成長した:アメリカでイタリア人はいくつかの学校への入学や映画館への出入りを禁じられ、組合員になることを拒否され、教会では白人の席に座ることは許されず黒人席に近いところに座らされた。こうした差別を助長するのに新聞も重要な役割を担った。新聞はイタリア人のことを“swarthy”(肌色が浅黒い)、“縮れ毛”で“ギニア”(巷の蔑視語)と表現した。いわゆる“自由白人”がアメリカに自由を求めてやって来てほどなく、イタリア人はルイジアナ州のサトウキビ畑で働く不法な仕事(訳注:イタリア語ではlavoro in nero、neroは黒の意味)を引き受けたり、ニューオーリンズの歩道で安く働く労働者だったので“黒人”(イタリア語ではnero)と比べられるようになった。またアフリカ系アメリカ人に交じって生きていたことも比較された理由だった。

《リンチの犠牲になったイタリア人たち》

 Staplesの記事半ばにニューオーリンズで起きたリンチ事件が書かれている。1891年3月14日市民の群れが地方刑務所を襲って11人のイタリア移民(特にシチリア人)が殺された(これに似た事件としては、1899年ルイジアナ州タルーラでイタリア移民5人がリンチで殺された事件がある。Enrico Deaglioの「シチリアとアメリカの真の恐ろしい歴史」に書かれている、編集者注)。この出来事はアメリカとイタリア間の緊張が最も高まった時代を鮮やかに浮かび上がらせる。それは外交的危機に発展しイタリア政府(当時の首相はアントニオ・スタラッバ)は外交官フランチェスコ・サヴェリオ・ファーヴァを国に召還した。イタリアの新聞は事件に関して公正な裁きと、犠牲者の家族へ適正な補償金を保証するように強く求めた。犯人は一切裁かれることなかったが、当時の大統領ベンジャミン・ハリソンは家族に賠償金を払うことを保証することに決めた。この事件のおかげでイタリア人は敬意を払われるに値する権利を持った“白人”になったのだ。(中略)

《シチリア人=ガラガラヘビ》

 話を戻して、ニューオーリンズで起きた虐殺事件についても書かれているそれは1890年秋警察署長David Hennessyが帰宅途中で殺されたことから始まった。Hennessyの敵はもちろん数限りなくいたと歴史家John V. Baiamonte Jr.は「Hennessyは殺し屋に殺された」また「彼は二人のイタリア人実業家の抗争に巻き込まれたという噂があった」と書いている。1890年、事件の殺人犯の騒々しい裁判が終わった後、外に集まった市民の一部が留置場に入る事に成功し、起訴されていた11人~19人の男たちを残虐にリンチした。このような暴力的エピソードは“ニューオーリンズのリンチ”として語り継がれた。“復讐された警察署長Hennessyと群衆にリンチで殺されたのイタリア人の犯人11人”という見出しを記事につけたのはタイムズで、リンチの残虐性とリンチの犠牲者を“シチリア人は盗人で臆病者で盗賊と殺人者の末裔であり、この国に制御できない激情と冷酷な儀式をもたらした… 彼らは私たちにとって寄生虫でありガラガラヘビである… 彼らを殺した者は誇り高く義に溢れた男たちである”と書いた。

                         (訳ここまで、次回に続く)

↑ ページトップへ