Accademia Italiana

本格的に学びたい方のためのイタリア語教室。アカデミア イタリアーナ

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唐木 麻美 )

「ワインの木々の間に灯る炎」

日本では桜の美しい季節ですが、北イタリアはまだ寒さが残っています。その寒さから果樹を守る古い儀式がレプッブリカ紙に載っていました。季節外れの寒気に苦しむ農家が、ワインの木を守るために40年ぶりに行った寒気対策に作物を作り人々の苦労は古今東西変わらない事を実感させるものでした。

『木々の間に灯る篝火、寒さからブドウ畑を守るために古より行われてきた儀式』

春の予想外の寒気がブドウ畑農家を激しく混乱させ、北イタリアで忘れ去られた古い方法が再び活用される。 一見すると高価なワインの木の列に沿って燃やされる幾千もの篝火は大掛かりな夜の祭りのようだ。あるいは乾燥した土地の丘陵地帯の輪郭をなぞる様に松明を立てて光り輝かせようと決めた建築家のランドアートの一種のよう。このパフォーマンスは1千年前の魔法の儀式の一種で、ここの大地に生きることはなんて素晴らしいのかと人に思わせる。人々はネット上でこの詩的な写真をシェアする。でもこれは一種の悲劇なのである。

「ここで私たちはもうすでに収穫物の40%を失った。ここはProsecco Doc(訳注:プロセッコはヴェネト州とフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州で生産される「検定付き原産地呼称、通称DOC」の白ワイン。1990年代にProsecco IGTの名で知られるようになり、2009年にDOCを獲得し品質を高めた。最も多く輸出されているイタリア産ワインである。イタリア版Wikiより)の生産地で、もう4月なのにまるで秋みたいさ。全部干上がってカラカラだ。」

トレヴィーゾ県の小さな地方自治体の評議員ルーカ・ベッロットは言う。サンタ・ルチーアや平野部の小さな農家の耕作地の平均は7~10ヘクタールである。

寒さが続く夜は、栽培農家全員が大地に火をつけ、未開墾の林から採ってきた木の炎はたいていワインの木の若芽を温める。 新芽を死なせないために、自分たち自身を死なせないために、つまり一年間の仕事をふいにしないため。収穫で得る金は新しい設備を作るために必要だ、このあたりのワインは人が羨むほどの富をもたらすのだから。

だが雹、乾燥、霜で台無しにもなる。

「気温0度以下で春が去ろうとしていると分かったときは絶望した」とサンドロ・ウルバン(35歳)は言う。彼はトレヴィーゾのサン・フィオールで農場を営んでいる。幾夜も「4時に目覚ましをセットして、暗い中ブドウ畑へ行った。15m毎にまきを組んで火をつけたよ。」彼は懐中電灯と温度計を手にブドウ畑にいて「0,5以下、1以下…、ただ泣くことしかできなかった。」それでもやはり彼の隣人たちも同じことをしていた、夜中に小さな炎を灯す、「ようやく形になったブドウの房が枯れてしまったら、おそらくもう2度と実をなさない。葉は霜が降りた後成長するが、実は違う。」

評議員以外にeコマースで世界中にプロセッコを売っているベッロット曰く「高知の丘陵地帯は切り抜けた、コネリアーノとヴァルドッビアーデネは被害が少なかった。でもスセガーナは篝火を灯さなくてはいけなかった、かつてそうしたように。このあたりは1ヘクタール辺り2万€(約240万円)稼ぐ、だが今は…」

ウーディネ(フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州)も同様の打撃を受けた。20日と21日の寒気は3ヘクタール分のプロセッコとピノ・グリージョを枯れさせた。ファエディスでクラウディオ・ザニ市長は、助かった果実は皆無で収穫がなくなった事を明らかにした。今年分のレフォシュクは死んだ。カベルネやメルローのように成長が遅いワインの木のまだ熟していない実は助かったが、残りは駄目になった。

ゴリツィアのコッリオ地帯でも同じことが起こった。そこでも4月末に突然気温が下がり、栽培農家は小さな房の死期に立ち会い、何人かは40年の遠い昔に年寄りたちが凍えている木を温めるために樹木の列に沿って置かれた藁の炎やワイン畑の交差するところに置かれたもっと大きな篝火を思い出した。

カステッジャーノのオルトゥレポ・パヴェーゼでも同様に、モルモローロ、モンタルド・パヴェーゼ、ボルゴ・プリオロ、ボルゴラット市では気温4度以下のとき農民たちは夜中に家を出て救済の篝火を焚いた。炎の熱がブドウの房を助けると少なくとも祈って。各市長はこの篝火に許可を出したが、クロアティーナ(訳注:ブドウの品種)の生産は危機に瀕している。

「祖父を思い出したよ。霜を戦うための唯一の武器は炎だった。大学の教本をもう一度手に取ったよ。そこにもこのような場合の対処法-樹木を凍り付かせるような寒気と湿気には0,5度分気温を上げれば木々を助けるに事足りる-と書いてあった」と農学士のウルバンは言う。

こうして古の儀式は実行された、気温0度以下にする恐ろしい天気はイタリアを襲っただけではない、4月いっぱいフランスも同様に襲っていたからだ。先週、高価なシャブリを栽培する別の農夫が凍てつく夜に炎を灯した。誰もが繰り返したくなかった古い儀式、かつてモンフェッラートやランゲ地方で8月半ばに降る雹の被害を避けるために地面に膝をついて行われた聖母への祈りの行進のようだ。」

                              (訳ここまで)

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