Accademia Italiana

本格的に学びたい方のためのイタリア語教室。アカデミア イタリアーナ

RUBRICA イタリアに関する情報とコラムをお知らせします。 時々イタリアでないことも。

唐木 麻美 )

「ナポリの太陽の下、ドラッグ・ビジネスに従事する子供たち」

マフィアが衰退し、カモッラが躍進しているイタリアでは時にまるで先進国ではないかのような事件が明るみに出ます。

話は変わりますが、海を渡ってくる難民の多くが最近では未成年です。未成年が増えている背景には、子供であれば保護されるということに子供を送り出す親たちが一縷の望みをかけているようです。

でも辿り着いた国でも子供たちが悲惨な状況にある場合もあります。日本でも有名なカンツォーネ(遥かなるサンタ・ルチア)に謳われたサンタ・ルチア地区もその一つです。

(訳ここから)

『子供たちの状況を観察することは国の未来を占う事である。

その地区では未成年の3人に1人が学校をやめてしまう。だがこの件は顧みられない。』

さあこれを読んであなた方は目を回すだろう、なぜならこれは誰も読もうとしなかった話だからだ。だがこれは単に口にするのも耳にするのも痛い話と言うだけではない、あってはならない話なのだ。

昨日ナポリで、エリア・クラン(非合法組織の下部組織の一つ)に関係する45人が逮捕された、このクランは2011年から拘留されているミケーレの系譜である。エリサ・クランの活動範囲は街の中心で、通称サンタ・ルチアのパッロネットを呼ばれる地区とプレビシト広場近くの地域である。 電話の傍受、監視カメラ、警察への協力者の証言をつうじて、このクラン=家族がアントニオとチロ(二人ともミケーレの子供)を長として他の弟(レナート、ルチャーノ)や姉妹(アンナ、ジュリア)が彼らに従って働くという形に組織されていることが分かった。ここには上記メンバー以外に親戚や、とくに甥(孫)、子供、未成年も含まれている。

このような事はどこであろうと起きてはならない事はもちろんだが、事件の舞台は郊外の片隅で、そこは見捨てられ無視された場所であり、ようやく公共サービスが届く所で、本質的には私たちはその場所に関して無知であるとしたら…知らないということはかつて見たことがないからである。一方、衆目を集まるなか起きる悲劇には明らかに困惑する。頬が赤くひりひりしているにも関わらず、ぶたれなかった振りをするのを目にするとき、私は、世間から離れたところや嘘の中で生きることを好む人に問いただし、そしてなぜと問い始めるべきだと思う。

〔子供たちが麻薬を使う〕

これは子供たちが麻薬を袋に詰めて売る実話である。ナポリの子供たちはリオ・デ・ジャネイロやシウダー・フアレスやヨハネスブルグの子供たちあるいはアフリカの子供たちと全く同じだ。子供たちは悲惨な郊外の地区や不潔なみすぼらしいマンションに暮らしいるのではない、それどころかナポリの最も美しい地区に住む子供たちの実話である。サン・パオロ教会の活動範囲で必要に応じて活動するイタリアでもっとも権威があるオペラ劇場の物語である。

ナポリは今や変わってしまい、全く別物になった。もはや観光客の波がナポリの汚さをカバーするところではない。もう作っていないふりをする、またはそれと分からせないようにする毒のように、ナポリは抜け出した。だが目の下のくまや虫歯だらけの歯を食いしばった笑み、嘘の笑み、苦しみが見られる。 ナポリにはいつも子供たちがいるが、

彼らを観察し、その生活や与えられる(あるいは与えられなかった)チャンスを分析する。人によってナポリは悪く変わってしまったと言う。カモッラ(ギャング団)は、平均年齢が劇的に低いと言われている。10年前には彼らはカモッラの下働きではした金のために働く無知なポーターだったが、今やボスになっている。さらに悪いことに子供たちは麻薬ビジネスの一環に組み入れられ、自分たちが何をしているのか自覚している。(中略)

〔カモッラに使われる子供-死を運ぶチビたち〕

アドリアーナ・ブランキとレナート・エリアの子供G.E.13歳を通して子供たちを近くから良く見てみよう。G.E.は自宅で、一人で夜中の3時に買い手を迎える;一人で、夜中に、密売する。彼は家を出て規定量のコカインを届ける。2015年8月17日アドリアーナ・ブランキはコカインを購入するために女の家にいるルカという名前の前述の購入者と電話で話している。ブランキは息子を電話口に出させて、息子に金と引き換えでなければルカに何も渡すなと言う。息子は母親に「分かってるよ」と答える。息子=G.E.は13歳、金と引き換えでなければにコカインを渡してはいけないことを分かっている。だがブツは切れているので、G.E.はその事を母に告げる:母に「ルカは何袋か欲しいんだ」そして「金と引き換えでなければブツは渡せない」ことも分かっていて、続けて「でも今晩のドラッグは終わってしまった」ことも付け加えた。子供が言う「ルカは昨日みたいに買わなければいけないけど、ないんだよ。」昨日みたいに、なぜならG.E.は前の晩も配置についていたからだ。仕事だ。13歳の彼の仕事はドラッグを売り捌くこと。

このような子供たちを良く見てほしい、大人のミニチュアとしてではなく尊厳と権利を備えた一人の人間として。

一国の子供が置かれた状況をよく見ることは、その国の未来を占うことになる、今のG.Eを見て、すぐ傍で。 ナポリの検察官コランジェロ曰く「幼くして犯罪に向かう子供たちを、街は容認することはできない」 ナポリのカラビニエーリ(憲兵隊)は社会的及び政治的に捜査の観点から大変難しい調査を行った。難しい理由は児童を扱うとき、特に南部の児童を扱うときには手厳しく追及される危険性があり、この危険性は投機家や偽造者のように牙をむかれるものである。

子供たちはコカインの袋詰めや荷造り作業、ポーターや売り子として使われる。ナポリでは子供たちは解決法がない学業の消失の犠牲者である。3人に1人が学校を放棄する地区、とはいえこの問題は無視され、疎外されている。 不法行為のフィアットと考えられた時代のサンタ・ルチアのパッロネットのごとく大変麗しい地区の話である。不法行為のフィアットと見なされる理由は、フィアットの自動車工場で働く人たちに匹敵するほど煙草の密輸に従事する人が多く住んでいた地区だから。煙草の密輸が終わり、コカインがやって来た。地区は真っ当な世界に戻ろうとする部分と、ドラッグに完全に染まった部分に分断された。

ここではエリサ・クランが君臨し、ナポリの中心のボルゴ・マリナーリ、プレビシト広場、パッロネット地域の不法ビジネスを統括している。エリサ・クランは手作業に子供たちを使う、子供たちの指は細いので大変早くコカインの袋詰め作業ができるのだ。子供たちならコカインを届けるために移動する時、疑いの目で見られることが少ない。子供を使う利点で特に大きいのが、14歳以下であれば罪に問われないこと。

電話傍受から保護されるべき児童が、自分たちの役割を自覚して行動していることが伺える、またもし広く見渡すならこの事態の奥底に貧窮が横たわっていると思われるかもしれない。とはいえコーヒーをバールで給仕することと、家の下の食料品店の買い物を届けること、背中をまげて家具を運び込むこと、あるいはどこかの自動車修理工場で中毒になることには大きな違いがある。13歳で麻薬密売を行うことは、違う世界に近づいていくことだからだ。その世界で生きる者は境界を感じることがなくなる。

このことは誰も口にしない、にもかかわらずイタリア南部に限った話ではない。アフガニスタンのタリバンは世界最大のヘロイン生産者であり、常に栽培やアヘンの密売に子供たちを使ってきた。これが彼らの主たる自己資金の供給源。アフガニスタンの警察のデータによれば、ヘラート一帯では11月の一か月間で麻薬密売を行った30人の子供たちが逮捕された。世界の向こう側ではメキシコの残酷な麻薬組織、ロス・セタスでは何年も前から子供たち(大概アメリカ国籍の子供たち、疑われないから)を殺し屋や運び屋にするために訓練している。この子たちは『los niños Zetas』と呼ばれる12歳の子供たちで、14歳で金のために何でもやるようになる。このような子供たちは別の人生を送れるにもかかわらず、しばしば成人する前に刑務所に行くか殺されるという結末を迎える。

ドイツ、フランス、スペインでこのようなニュースが出てきたら、どうなるか想像してほしい。13歳の子供が家で、一人で麻薬を密売する、このニュースに世論は沸騰するだろう。その反対に話を始めるために、気持ちを打ち明けることを疎外し、過小評価し、無視する気の滅入るような活動的な地区の日常を超えていかなければいけないのだ。 まもなく調査あるいはデータを前に言う事がでてくるだろう、ようやく胸襟を開くのだ。諦めを隠す主演者たちと偽造、誌的な衰退。その諦めが目を開いていることを阻み、サッカーの試合やパーティー、祝い事を好むようにさせる。

今や他に解決策はない、地域の話は止められた。深淵を覗き込むことを恐れ破滅したレンツィに代わるジェンティローニが早急に介入する。ナポリのような遅くまで開いている学校の地域は、よりいっそう(犯罪に)脆いと選定された。路上でチェックする先生や多くの協会と勇敢な司祭数人の協力が街の唯一の解決法だが、単独ではうまくいかない。学校が子供たちを形成し、仕事への準備をすることが基本だ。学校が文字通り子供たちとナポリの家族の人生に侵入することが根本にある。

この地域で行われたあらゆる類の政治的試みの延々と続く敗北を議論することに戻らなければいけない、私たちはスカンピアのことを話しているのではなく、フォルチェッラについて話しているのでもない。サンタ・ルチアのパッロネットについて話しているところだ。

この名称に、もしナポレターノでなければ笑ってしまうかもしれない、まるで誰かが大きなボールを蹴って、この地域を描いたかのように思わせる名称だからだ(言葉をこのようにロマンチックに解釈することを許してほしい)。サンタ・ルチアは地中海世界でもっとも話題になる美しい場所の一つだ。 E. A. Marioのカンツォーネ“Santa Lucia lontana(遥かなるサンタ・ルチア)”のとても素晴らしい一節に

「Santa Lucia, tu tiene sulo nu poco ' e mare ma, cchiù luntana staje, cchiù bella pare (サンタ・ルチア、君は海を少しだけ所有している、でも君はもっと遠くにいる、君は見かけよりずっと美しい)」。

この一節は、イタリア人移民がアメリカに発つ船から目にするナポリの最後の姿だったことに由来する。現在、サンタ・ルチアは子供が子供でいることすらできない場所で、13歳で麻薬を売り捌くところだ。子供が、一人で、夜中に。

(訳ここまで)

↑ ページトップへ